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「万 葉 散 歩」

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V009 額田王 2の4 あかねさす (平成17年03月10日)


額田王 3の1 君待つと
■□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━VOL.010━
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■    万 葉 散 歩
                                  
    〜 額 田 王 〜                    ■
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 三の一、 君 待 つ と


 年が明けて天智天皇の八年(西暦六六九年)となった春正月九日。天皇は、

腹心の蘇我赤兄(そがのあかえ)を筑紫率に任じた。当時の筑紫率は先述のご

とく栗隈王であったが、栗隈王は八十年以上も前に崩ぜられた敏達(びだつ)

天皇の孫であり、従って、かなりの高齢で、六十も半ばに達していたかと思

われる。


 大海人皇子と気心が合う栗隈王を、最近とみに重要度を増してきた筑紫へ、

あまり長く置いておくのも、天智天皇には適当なことではなかった。それで

天皇は腹心の赤兄を充てたのであったが、肝腎の赤兄は拝辞したようである。

赤兄にしてみれば、近江大津京の都ぶりも板についてきたこの頃、今さら筑

紫くんだりへまで・・・・ということであったのであろう。


 その筑紫を経由してであったか、春三月十一日、耽羅(たむら)の王子が来

朝した。耽羅とは今の済州島で、当時は独立を保つ国であった。七日のち、

耽羅の王子は五穀の種子を下賜されては帰っていった。


 その夏五月五日。昨年は蒲生野で催された薬猟(くすりがり)であったが、

今年は山背(やましろ。山城。今の京都府)の山科の野で執り行われた。大海人

皇子も額田王も、それに中臣鎌足も加わっていたが、五十六歳という一行の

中でも高齢組で、しかも病身であった鎌足は、皮肉にも、その病身をおして、

あえて参加する恰好の薬猟となった。


 それで天智天皇は、鎌足の家のある山科の野を、この年の薬猟の地として

選んだのでもあろう。当時の山科は宇治の一部であり、近江より飛鳥への道

筋にあたっていた。その意味では、ほかの皆にも、馴れ親しんだ土地であっ

たかといえよう。


 それより五カ月ほどのちの冬十月十日のことであった。鎌足の病が相当に

重いと聞いた天智天皇は、自ら山科の鎌足の家を訪ねては、ねんごろに鎌足

を見舞った。


 そのとき天智天皇は、最近あったことを話柄とした。


「八月に高安山(たかやすやま)へ登っては、二年前に築いた城を検分した。

かなり綻(ほころ)びが目立っていたゆえ、修繕すべきと考えたが、今すぐに

修繕すべきか否か、やるとすれば大和ではなく河内の民を動員すべきか・・・・

などと、色々と考え迷うことであった」


「・・・・」


「そのとき、河内方面にあたる西の空が、一天にわかに掻き曇り、たちまち

黒雲が押し寄せてきては、と見る間に、大粒の雨が降り出してきて、鋭く稲

妻が閃いた」


「・・・・」


「かと思う間もなく、大音響と共に、私の間近に雷が落ちた。直撃を受けて

いたなら、私は今頃・・・・しかし私は、辛(から)くも命を永らえ、今ここにい

る」


 天智天皇は鎌足と二人で話するとき、まったく十七、八の少年に返ったか

のように、盛んに身ぶり手ぶりを入れて、熱心に話し込むところがあった。


「そこの民を使役(しえき)に使おうかと軽い気持ちで、お考えになったたに

過ぎませぬだけの河内・・・・その河内方面よりやってきました黒雲が、雷を落

としましたか・・・・。意に沿わないことや腹を立てたときなどに、雷を落と

す・・・・という、まさにこのことをいうのでありますね」


 と鎌足は一息入れては、さらに続けた。


「その頃、この山科の私の家にも雷が落ちました。私の家でよかった・・・・す

めろきの上へ落ちましてもおかしくはない・・・・と、そのときは胸を撫(な)で

おろしましたのでございましたが、そうでありましたか。無事で何よりでご

ざいました」


 と鎌足は苦しい息のもとながら、諧謔を忘れることなく、天皇の話に話を

合せては、退屈させなかった。


「五月五日の薬猟が、皮肉なことに、逆に病をこじらせる原因となったのか

も知れぬ」


「水にあたる、薬にあたる・・・・と申しますか、薬が効きますのも効きませぬ

のも、薬のせいではありません。主体がしっかりしていませぬことには、何

ごとも始まりません」


 と多少、弱気なところを見せた鎌足に、すかさず天皇は励ますように述べ

た。


「しっかりせよ。《天道(てんどう)、仁者(じんしゃ)を助く》というではな

いか。《積善の者に余慶あり》ともいう。鎌足・・・・そなたは紛れもなく仁者

であり、積善の人である。天道が助けぬはずはない」


「ありがたき思し召し、いたみ入ります。しかし私は・・・・ついに軍事のこと

に尽力できえませんでした。このこと、まことに不甲斐なく、深くお詫び申

し上げます」


「何をいうのか・・・・二十四年前の六月、入鹿(いるか)を撃てたのも、基本的

には鎌足、そなたの戦略があったからこそではないか」


「・・・・」


「昔、軍功を語り、誇り合う諸将の輪の中より離れて、独り静かに大樹のも

とに坐しては、何を以て功ならんとすべきか・・・・と自問し、功を論じ、賞を

行うことの意義など、問題にもしなかった漢の馮異(ふうい)という将軍がい

たが、それで世間は、憑異の大きさを《大樹将軍》と讃えたという」


「・・・・」


「が、鎌足。そなたの功は、同列に論ぜられるようなものではない・・・・。鎌

足、そなたの望みを・・・・何なりと申し出てみよ」


 と天智天皇は、世話になってきた鎌足に謝意を表したいあまり、嘘いつわ

りのないところで述べた。


 それで鎌足も、改めて姿勢を正しては、真摯な口調で申し上げたのであっ

た。


「当代、軍事に卓越していますのは大海人皇子でございます。それに続きま

すのが大友皇子かと存じますが、いかんせん、大友皇子は、恐れながら、い

まだ経験に乏しく、論が先行しがちでございます」


 なるほど、一に大海人、二に大友・・・・それで三番目が私(天智天皇)あた

りか・・・・と天皇は密かに期待したが、鎌足は三番以下は問題外とでも考えて

いるのか、それ以下には触れずじまいで、話を転じた。


「九月にも新羅の使いが来朝したとのことでございました」


「通いの船を与えたのを多としてか、最近の新羅は公私を問わず、頻りにや

ってくる」


「その狎(な)れが、恐しいのでございます」


「・・・・」


「いったん互いの考えに齟齬(そご。食い違い)が生じますと、それまで狎れ

狎れしくしてきましただけに我(が)だけが強く、生まれた対立は必要以上に

醜く酷しいものとなっていき、見ている間に、文句があるなら腕でこい・・・・

ということとなっていきます」


「腕でこい・・・・と。実力、軍事力で決着をつける・・・・というのであるか。対

話と圧力の圧力で・・・・」


「はい・・・・。そこで切に申し上げます。軍事には隔絶したところのございま

す大海人皇子を・・・・東宮(とうぐう。皇太子)として立てて戴きたく・・・・これ

が唯一の願いでございます」


 大海人皇子を東宮として立てようとする考えは、もとより天智天皇にもな

いわけではなかったが、一方では、最早われわれの時代は終った・・・・との思

いも強く、それで長く逡巡していたのであったが、最近、天智天皇は東宮に

は大友皇子を立てるという方向へ、ほぼ傾いていたのであった。


 しかし、綸言(りんげん)は汗のごとし(いったん出た汗が引っ込めること

ができないように、天皇には口になされたことを引っ込められることはな

い)そのままに、天智天皇は明確に宣(の)べた。


「よろしい。大海人を、ここに東宮として立てるものとする」


 それを確かに拝聴した鎌足は、緊張の糸も切れたものか、全身より力が抜

け落ちては、天皇を再拝するのももどかしく、そのまま病床に臥(が)した。


 天皇が帰るとき、迎えに出ていたときと同様に、かつて天皇の室であった

鏡王女(かがみのおおきみ)が見送りに現れた。かたわらには十一歳となる中

臣不比等(なかとみのふひと)の姿もあったが、天皇は不比等に声をかけるこ

ともなく、一瞥(いちべつ)を与えただけで、帰っていった。


 あたりを払うというほどでは勿論ないにせよ、少年ながら、すでに威を含

む不比等に、天智天皇は名状し難い疎(うと)ましさを感じていたのでもあろ

う。不比等は、今は天智天皇の室となっている額田王の所生であったが、父

親は大海人皇子であったからである。



・・・つづく


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